6. 生理的分泌現象と疾患

分泌現象は伝達物質、ホルモン、酵素などを蓄えた細胞内の小胞が細胞膜に融合する、開口放出という現象により起きます。神経細胞シナプスにおける伝達物質放出は格好の例で、多くの生体制御の調節性開口放出を介して起きています。開口放出に関係する基本的分子群(SNAREタンパク質、synaptotagmin, small G-proteins)がわかってきた1990年代には、分泌現象も分子的にわかる日が近いと感じられました。これらの蛋白群は分泌細胞や神経で共通しており、最終的には分泌現象は統一的な理解がなされると信じられます。しかしながら、2006年現在、関係するそれぞれの分子の役割や、調節の実態について期待されたほどはっきりしたことはわかっていません。その理由は、イオンチャネルの研究と異なり、開口放出が単一分子の現象に帰着しないところにあります。実際、単一の開口放出現象は多数のタンパク質のみならず膜脂質を巻き込んでおり、更には細胞の形態変化を伴っています。開口放出は融合細孔の形成により始まりますが、この細孔直径は1-2 nmであり、光学的に単純に融合細孔を観察することはできません。おまけに分泌小胞は機能が違い大きさの異なる二系統(シナプス様小胞と大型有芯小胞)が混在しているのも事態をややこしくしています。開口放出は基本的に形態的な現象ですので、細胞全体の様々の形態因子も間接的に開口放出に影響します。

そこで、私たちは、この現象をよりよく観察することが第一と考え、2光子励起法の運用を試みてきました。比較的調査が容易と考えられる分泌細胞から調査を始めました。その際、医学的生物学的に重要な分泌細胞を比較する路線を取りました。その結果、分泌細胞で起きていることは、シナプスで想定されている事と、大幅に異なることがわかってきました。また、逐次開口放出のようなダイナミックな分泌現象が多くの細胞で利用されていることもわかってきました。およそ、教科書的な分泌をしている細胞はありませんでした。また、小胞や融合細孔のナノ測定ができるようになってきました。そこで、この方法を更に発展拡張して、分泌の仕組みを解いたり、メモリーの一部であるシナプス前終末も観察可能にしたり、糖尿病などの疾患の治療の開発に利用する研究を進めています。神経に特に興味のあるかたは5.6節へお進みください。

6.1 TEP画像とTEPIQ法

我々がとった方法はとても単純で、分泌組織を水溶性蛍光トレーサーの入った溶液に浸して、2光子励起法で観察する、というものでした。こうすると、不思議なくらい、組織内の微細構造が見え、その一部として開口放出やエンドサイトーシスが捉えられます。組織内の細胞間隙はとても薄くて一様で清潔であるという事情が効いています。細胞外のトレーサーが分泌小胞を染色するので、膜融合直後からその形態変化を定量的に捉えて追跡することができます。2光子励起法の同時多重染色性から、色素を多重に使い、たとえば分子の染色と同時に行うことができます。同様な方法を通常の1光子顕微鏡で行うと、細胞外液の蛍光トレーサーが焦点面以外での無駄な光の吸収のために熱を出して、細かい構造を見ようとするとうまくいかなくなります。この様な仕組みで、単純な方法ながら、この画像法は固有の特徴を持ち、これまで見えなかった生理的分泌現象の実像を明らかにしてきました。そこで、この方法にTEP (Two-photon Extracellular Polar-tracer)画像法と名前をつけて今後系統的に方法論や特性を論じることにしました( Kasai et al. J. Physiol. 568(2005)891)。

TEP画像で開口放出を観察していると、退色の影響がほとんどないことに気がつきました。これは2光子励起法が焦点面でしか、色素を退色させないことによります。1光子励起では考えられないことです。これと、2光子励起の同時多重染色を組み合わせて、ナノメータ精度で分泌現象を測定する手法、TEPIQ法 (TEP Imaging-based Quantification)、を導きました。たとえば、染色された小胞の蛍光強度から小胞の大きさを求めることができます。この際、水溶性トレーサーを使う方法と膜を染めるトレーサーを使う方法があり、更に、この二つの方法を組み合わせると、二つのトレーサーの蛍光比から小胞の直径を導くことができ、この場合、単一の開口放出が解像していなくても小胞直径の推定ができます。こうして、TEPIQ法を用いることにより観察している開口放出やエンドサイトーシスを起こす小胞の大きさを、たとえば、インスリン小胞は平均350 nm、クロマフィン小胞は500 nm、PC12細胞の大型小胞は220 nm、小型小胞は 55 nm、古典的エンドサイトーシス小胞は90 nmという具合に求めて確認することができます。

更に、蛍光プローブの分子の大きさを物差しに使うことにより、融合細孔の大きさや分子組成を検討することも可能にしました(Takahashi et al. Science 297(2002)1349)。インスリン小胞の場合、融合細孔の開大は非常にゆっくりとしていて、直径1.4nmから6nmに開くのに平均1.4秒もかかることがわかりました。この安定性は小胞の内容物であるインスリンが結晶化しているという特殊事情のようです。この融合細孔の安定性を利用して、脂溶性色素の側方拡散を計ると非常に速く、融合細孔は直径1.4 nmの時点で既に脂質二重膜で構成されていることがわかりました。

6.2 膵臓ランゲルハンス島

膵臓ランゲルハンス島にTEP画像を適用すると、融合細孔が開いてインスリン小胞が染め出されたあと、小胞膜が完全に細胞膜に平滑化する様子が可視化されました(Takahashi et al. Science 297(2002)1349)。この完全融合という分泌様式は、最も単純に想定される様式ですが、これが分泌細胞で実際に証明されたのはこの実験が初めてかもしれません。実際、他の分泌細胞や神経ではこの様式がとられるとは限りません。インスリン開口放出は血管に向かって起こりやすい傾向は見られるものの、細胞の全周囲で起きました。従って、内分泌細胞の細胞間隙はホルモンの通り道ということになります。実際、内分泌組織にはtight junctionがほとんどありません。TEP画像によって捉えられた開口放出を数えてみると、ラジオイムノアッセイで計った分泌量をほぼ説明しました。糖尿病モデルマウスでも、ラジオイムノアッセイの結果をよく再現しました(Fukui et al. Cell Metabolism 2(2005)373; Kasai et al. J. Clin. Invest. 115(2005)388)。グルコースによるインスリン分泌の特に初期相にcAMP/PKAが必須であることがわかってきました(Hatakeyama et al. J. Physiol. 570(2006)271)。強く刺激しても1秒より短い時定数で開口放出する小胞は稀でした。開口放出に伴うSNAREタンパク質の動きを初めて捉えるのにも成功しています(Takahashi et al. J. Cell Biol. 165(2004)255)。この様に我々の手法は組織標本を用いてインスリン分泌を分子・細胞レベルで捉えることができ、今後、糖尿病薬や再生組織の検索に有効と考えられます。

6.3 膵臓外分泌腺

この標本においてTEP画像が初めて成功し(Nemoto et al. Nature Cell Biol. 3(2001)253)、逐次開口放出を動態として証明したことになりました。一般に分泌細胞やシナプス前終末の電子顕微鏡像を見ていると、分泌小胞が細胞質に詰まっています。表面から完全融合で小胞が動員されるとすると、動員された分の膜を回収していく必要があり、また、小胞を表面まで移動させる必要があり、いざというとき大量の分泌をするのが難しそうです。逐次開口放出では表層の小胞のオメガ構造が安定に残るのがポイントで、これに対して内部の小胞が逐次的に開口放出します。内部の小胞でも開口放出の進行は表層の小胞とあまり変わらないように見受けられます。従って、膜の回収も小胞の運搬の必要もなく、大量の分泌を刺激時にするのに非常に合理的な分泌様式と言えます。

膵外分泌腺では、この逐次開口放出の際に、小胞の構造が数珠状に保存されます。これには深い訳がありました。この時、小胞はFアクチンで次々と被覆されていくことがわかりました。この被覆が起きないようにすると、数珠が膨れあがって空胞が形成されていきます。この像は、急性膵炎の初期病理像とそっくりでした。ネズミに急性膵炎を起こす高いコレシストキンを投与すると、同様な空胞が形成され、その時Fアクチン被覆は形成されません。従って、開口放出によってできた弱い膜を消化管内からの陽圧や逆流から守るためにFアクチン被覆機構があり、この機構の破綻として膵炎がある可能性が示唆されます(Nemoto et al. 279(2004)37544)。この仕事をした根本知己博士は現在、生理学研究所の脳機能計測センターで助教授をしています。

6.4 副腎髄質

逐次開口放出を外分泌腺で見つけたとき、これは上皮細胞固有の分泌様式だと考えました。何故なら、他の標本では報告されていなかったからです。ところが、副腎髄質組織に対してTEP画像が可能になると、この予想は裏切られました。我々は、この代表的な内分泌細胞において最も顕著な逐次開口放出を見つけました(Kishimoto et al. EMBO J. 25(2006)673)。この標本では小胞は数珠状にならずに、小胞内のゲルが膨れてあっという間に空胞様の構造を形成します。この空胞の膨張により内部の小胞が効率よく動員されていきます(空胞型逐次開口放出、vacuolar sequential exocytosis)。面白いことに、単位膜面積あたりの開口放出頻度を求めると、最外層の細胞膜より、この新たにできた空胞膜上の方が高い頻度で開口放出を起こしていました。これは、分泌準備状態は小胞が表層にあろうと少々内部にあろうとあまりかわらないことを示しています(下図、Free configuration)。実際、この際、細胞膜のSNAREタンパク質が小胞に側方拡散して、複合体形成することが大事であることが示唆されました。

逐次開口放出が起きるためには最外層の小胞の作るオメガ構造が安定している必要があります。融合細孔は開いていなければならずに、また、開きすぎてはいけません(20 nm以下に保たれている)。どうしてそんなことが可能なのでしょうか。分泌細胞の小胞はしばしば細胞膜にくっついています(ドッキング)。しかし、開口放出は決してシナプスの様に速くはありません。そこで、一つの可能性としてドッキングはオメガ構造の安定化のためにあると考えられます。実際、アネキシンのような分子は、融合細孔を取り囲み (Nakata et al. J. Cell Biol. 110(1990)13) 、この役にぴったりのように見えます。また、膜裏打ちアクチンもこの安定性を助けるようです。

空胞型逐次開口放出は、組織の内部でより起きやすいこともあり、これまで見逃されたと考えられます。電子顕微鏡では動態がわからないので空胞が見えても病理像と考えて見捨てられるか、エンドサイトーシスを現すと考えられてきた様です。直接現象を可視化することが必要で、それには2光子励起が必要だったわけです。

6.5 PC12細胞

PC12細胞は分子生物学の最も進んでいるモデル分泌細胞です。副腎と同様にアドレナリンを含む、大型小胞(PC12細胞では平均直径220 nm)は、よくドックしていることが知られていますが、矢張り、顕著な逐次開口放出を示しました(Kishimoto et al. J. Physiol. 568(2005)905)。また、TEP画像は大量のシナプス様小胞(直径55 nm)の開口放出を検出しました。その大部分は細胞膜にドックしておらず、また、開口放出後にすぐ融合細孔が閉鎖して、膜から離れていくことがわかりました。この様にドッキングしていない小胞は膜から離れ易く、ドッキングは開口放出後も小胞を膜につなぎ止める働きを持つようです(Liu et al. J. Physiol. 568(2005)917)。また、小胞が細胞膜にドックしていなくても刺激後1秒くらいで開口放出を起こすことができました(下図、Free configuration)。

6.6 シナプス前終末

シナプス前終末からの伝達物質の放出は0.2ミリ秒くらいで起きるので、神経回路では、シナプスでの信号の遅延を最小限にすることができます。どうして、開口放出の様な複雑な現象が、単一分子のコンフォメーション変化と同じような時間経過で起きるのでしょうか。このシナプス前終末の謎を解くために、莫大な分泌研究が凌ぎを削ってなされていると言って過言ではありません。この基本過程がわからなければ、脳の理解に大きなブラックボックスを残すことになります。シナプスの速い開口放出を説明するには、小胞は膜にドックしている必要があります。また、関係する分子はすべて集合しており、刺激が入るとその超分子構造のコンフォメーション変化として、開口放出が起きると考えられます。(下図、bound configuration)。ただし、これにはまだ証明が与えられていません。このシナプスの考え方に引きずられて、これまで、どの分泌細胞でも、小胞は刺激前にドックしている、SNAREタンパク質は複合化していると仮定されてきました。こう考えることで、分泌細胞の研究をより一般化したいという思惑も働いていると思われます。

しかし、5.2-5.5節に述べましたように、我々の分泌細胞を用いた直接的観察では、普通の分泌細胞では小胞は仮にドッキングはしていてもそれは分泌を速くすることはなく、それは他の機能、たとえば逐次開口放出のためにあるようです。更に、SNARE蛋白質の複合化は刺激後に起きることが多いと考えられます(Nemoto et al., Nature Cell Biol. 3(2001)253; Kishimoto et al. EMBO J. 25(2006)673)。こうして、分泌細胞の現象がよくわかってきたために、シナプスの特殊性が初めて明確に意識されます。シナプスにおいては特に、一部のドックした小胞は開口放出の最終段階で止まって待っていると考えられます(bound configuration)。このbound configurationの分子的形態的実態はまだ全くわかっていない状況です。

シナプスにはactive zoneという特殊な構造がありますが、これがbound configurationを支えている可能性は高いでしょう。このactive zoneという構造はスパインのシナプス後肥厚(PSD)とペアになって存在し、接着分子により、両側のアクチン細胞骨格がつながっています。

6.7 我々の進む方向

この様に、シナプスと分泌細胞の分泌の分子細胞機構は、上に述べた重要な点において異なるというのが我々の見解です。そして、その相違点こそ開口放出の中核的反応部分なので、双方の分泌現象を対比することは双方の分泌現象にとって有効だと考えます。シナプスの分泌現象はスパインシナプスのメモリー素子の重要な一部を成します。一方、分泌現象は糖尿病の様な、様々な重大疾患に関係しています。そこで、我々は以下のプロジェクトを進めています。

1)結局、分泌細胞の中ではベータ細胞が、逐次開口放出という特殊な修飾を最も受けておらず、開口放出の標準的過程を調べるのに最善の標本であると考えられます。我々は、ベータ細胞に2光子光化学顕微鏡、TEP画像と標識したSNARE蛋白を用いることにより、開口放出の標準的な分子過程の解明を進めています。

2)我々のラボでは開口放出を光で刺激することが可能になりつつあります。こうして、シナプス前終末を直接刺激して、スパインシナプスの全容を解明したいと考えてます。この技術を分泌細胞にも応用します。

3)TEP画像法の応用をシナプス前終末に拡張し、The bound configurationの分子的、形態的実態を明らかにします。また、シナプス前部機能の可視化技術を開発します。

4)分泌細胞で、おそらくシナプスでも、広範に用いられている逐次開口放出の分子過程を可視化する作業を進めます。