医学共通講義III 機能生物学入門

生体がどのようにして機能を発揮するかという根源的な問題の解決には、様々な角度からのアプローチを有機的に連結していくことが必要です。本講義では、中枢神経系の機能発現メカニズムを中心として、以下のテーマに関連した研究を紹介し、どこまで解明が進んでいて、今後どのような研究が必要なのかについて解説されます。記憶形成・想起メカニズム、記憶・学習の分子機構、嗅覚神経系の機能発現メカニズム、視覚受容の細胞メカニズム、シナプス伝達調節機構、グルタミン酸受容体の分子機構、細胞内カルシウムシグナル機構、発生・分化の分子機構など。

過去の機能生物学セミナー

平成30年度

2018年4月16日 14:55~16:40

演者:RIKEN CBS Josha Johansen 先生

場所:第6セミナー室 担当:構造生理学 河西春郎 教授

2018年5月14日 14:55~16:40

演者:生理学研究所 深田正紀 先生

場所:第6セミナー室 担当:神経生理学 狩野 方伸 教授

2018年6月18日 14:55~16:40

演者:九大・大学院医学研究院 今井猛 先生

場所:第6セミナー室 担当:統合生理学 大木 研一 教授

2018年7月23日 14:55~16:40

演者:Cinet, NICT 春野雅彦 先生

場所:第6セミナー室 担当:細胞分子生理学 松崎 政紀 教授

2018年9月10日 14:55~16:40

演者:RIKEN 加藤 忠史 先生

場所:第6セミナー室 担当:システムズ薬理学 上田 泰己 教授

2018年10月15日 14:55~16:40

演者:東京大学 深田吉孝 先生

場所:第6セミナー室 担当:脳機能学 榎本 和生 教授

2018年11月19日 14:55~16:40

演者:関西医科大学 附属生命医学研究所 神経機能部門 小早川令子 先生

場所:第6セミナー室 担当:薬品作用学 池谷 裕二 教授

2018年12月10日 14:55~16:40

演者:理化学研究所 脳回路機能理論研究チーム 深井朋樹 先生

場所:第6セミナー室 担当:細胞分子薬理学 廣瀬 謙造 教授

2019年1月21日 14:55~16:40

演者:京都大学工学部 浜地格先生 先生

場所:第6セミナー室 担当:システムズ薬理学 上田 泰己 教授

2019年2月4日 14:55~16:40

演者:コロンビア大学 平林祐介 先生

場所:第6セミナー室 担当:分子生物学 後藤 由季子 教授


2019年2月4日 14:55~16:40 第6セミナー室

細胞内小器官の相互作用によるニューロン活動制御

東京大学工学系研究科 平林祐介 先生

Ca2+はニューロンのシナプス伝達において中心的役割を果たすイオンである。従ってニューロンにおけるCa2+動態制御は非常に重要である。我々はニューロンの樹状突起においてシナプス活動に伴い小胞体からミトコンドリアへCa2+が流入することを見出した(Hirabayashi et al., Science, (article) 2017)。Ca2+のミトコンドリアへの流入は小胞体-ミトコンドリアの接触面(Mitochondria-associated membrane, MAM) で起こることが知られているが、MAMはその他にもミトコンドリアの形態制御、脂質合成、オートファゴソーム形成など様々な細胞の恒常性維持に必須の役割を担う。MAM形成にはミトコンドリア-小胞体の数十nmの近接が必要であることが示唆されているが、多細胞生物におけるミトコンドリア-小胞体繋留分子は未だ決定的なものが発見されておらず、この分野の進捗の妨げとなっていた。しかし我々は出芽酵母のミトコンドリア-小胞体繋留タンパク質が持つ一部のドメインを手がかりとして膜タンパク質PDZD8に注目し、PDZD8が哺乳類細胞のミトコンドリア-小胞体の接触に必須であることを初めて示した(Hirabayashi et al., Science, 2017)。 内在性のPDZD8にCRISPR-Cas9システムを用い蛍光タンパク質を融合させ超解像度顕微鏡を用いその局在を調べたところ、PDZD8は小胞体、中でもMAMに局在していた。正確にミトコンドリア-小胞体間の距離を定量するには電子顕微鏡(EM)による観察が必須であるが、我々は3次元EM画像取得の最適化を行い、FIB (Focus Ion Beam) – SEM (Scanning EM)画像の3次元再構築により正確にMAMの割合を定量することに成功した。この手法を用いPDZD8 KO細胞を調べたところ、MAMはコントロールに比べ2割程度まで大きく減少していた。 また、培養細胞およびニューロンの樹状突起において小胞体からミトコンドリアへのCa2+の流入を調べたところ、PDZD8 KD細胞では流入するCa2+がコントロールと比べ大きく減少していた。興味深いことに樹状突起においてはミトコンドリアに取り込まれなかったCa2+により細胞質のCa2+濃度が上昇していた。以上の結果からPDZD8は小胞体とミトコンドリアを繋ぐのに必須のタンパク質であることが明らかとなった。以上の結果は細胞の代謝を始めとした恒常性維持メカニズムの研究から神経疾患の治療法に至るまで、幅広く大きなインパクトを持つ発見であると考えている。本セミナーでは以上の結果に加え、ニューロンにおける細胞内小器官の役割について最近の知見を紹介したい。



2019年1月21日 14:55~16:40 第6セミナー室

細胞夾雑系の解析に資する分子技術

京都大学工学研究科 合成・生物化学専攻

浜地 格 先生

これまで有機化学反応に代表される化学は、精製された出発原料を高純度の溶媒中で混合し、狙った分子を高収率で得ることを使命として来た。一方で、合成された分子は様々な不純物が混在する分子夾雑系でその効果を発揮することが求められる。では、そのような夾雑系を直接化学することによって、イメージングや機能制御に資する分子技術はできないだろうか?我々は、究極の分子夾雑系である生細胞での有機化学に取り組んでいる。このような試みは基礎科学として面白いだけでなく、biologistsとの交流を深め、新しいサイエンスが境界領域から産まれることを期待している。本講演では、特に神経細胞の膜受容体などを標的としたケミカルラベル、イメージング、プロテオミスクを実現する分子技術の開発について、我々の最近の試みを紹介させて頂きたい。

参考文献

(a)Takaoka. Y.; Ojida, A.; Hamachi, I. Angew. Chem. Int Ed., 52, (review)4088-4106 (2013). (b) Hamachi, I.; Nagase, T.; Shinkai, S. J. Am. Chem. Soc., 122,12065-12067 (2000).(c) Tsukiji, S.; Miyagawa, M.; Takaoka, Y.; Tamura, T.; Hamachi, I. Nature ChemBio., 5,341-343 (2009) (d) Takaoka, Y.; Sakamoto, T.; Hamachi, I. et.al., Nature Chem.,1,557-561 (2009). (e) Yamaura, K.; Kiyonaka, S.; Hamachi, I. et.al., Nature ChemBio., 12,822-830 (2016). (f) Miki, T.; Hamachi, I. et.al., Nature Methods, 13,931-937 (2016). (g) Kiyonaka, S.; Kubota, R.; Hamachi, I. et.al., Nature Chem.,8, 958-967 (2016). (h) Kiyonaka, S.; Hamachi, I. et.al., Nature Commun.,8, 14850 (2017). (i) Tamura, T.; Hamachi, I. et.al., Nature Commun.,9, 1870 (2018).(j) Kubota, R.; Hamachi, I. et.al., ACS CentSci.,4,1211 (2018).


2018年12月20日 14:55~16:40 第6セミナー室

シナプス可塑性と神経回路機能:計算論的アプローチ

理化学研究所 脳科学センター

深井朋樹 先生

脳の最大の特徴は自ら学習することであり、それを支える基本的な生物学的メカニズムは、シナプス可塑性であると考えられている。この20年間に、シナプス可塑性に関して様々な生物学的発見があったが、実験的な発見に刺激されて、シナプス可塑性の機能的役割に関する計算論的研究も盛んになり、理論的な理解も進んできた。この講義では、シナプス可塑性によって単一神経細胞や神経ネットワークのレベルで実装が可能になる情報処理機能について、基礎的な結果から最近の結果まで、なるべくわかり易く紹介したい。とくにシナプスの短期可塑性やspike-timing-dependent plastcity などの長期可塑性、さらには構造可塑性など、様々な時間スケールで複数の可塑性規則が連携して働くことにより実現される計算機能について、感覚入力の推定、空間記憶の形成、時系列情報からの特徴検出などを例にとって議論する。また脳の学習メカニズムや回路機能に関する生物学的発見が、人工知能の開発に於いて持ち得る意義についても考えてみたい。


2018年11月19日 14:55~16:40 第6セミナー室

先天的と後天的な恐怖の統合メカニズムとその生理学的意義

関西医科大学 附属生命医学研究所 神経機能部門

小早川令子 先生

恐怖情動は進化の過程で危険を避け生存確率を高める行動や生理応答を誘発する機能として発達してきた。恐怖情動は正常な危険回避行動のみならず精神疾患の発症や症状にも影響を与える。脳が感覚刺激の意味を恐怖であると判断するメカニズム、恐怖という情動状態が脳に生成するメカニズム、その結果、誘発される行動や生理応答の制御メカニズムのいずれに関しても良く分かっていない。私たちは、恐怖情動の制御原理の解明を通して脳の理解に新局面を開くと共に、ここで解明した原理に基づいて情動状態を計測したり望ましく制御したりする技術を開発し、新たな医療や産業を起こすことを目指している。

私たちは、嗅覚刺激による先天的と後天的な恐怖情報が鼻腔内で異なる神経回路により分離して脳へ伝達され行動を制御することを解明した(Kobayakawa et al., Nature2007, Matsuo et al., PNAS2015)。続いて私たちは、嗅覚刺激による先天的と後天的な恐怖情報が、扁桃体中心核のセロトニン2A受容体細胞において拮抗的に統合され、その結果、先天的な恐怖行動が後天的な恐怖行動に優先されるという階層制御を受けることを解明した(Isosaka et al.,Cell 2015)。先天的と後天的な恐怖は中枢においても単一の情動に統合されるのではなく、拮抗的に存在する異なる種類の情動状態であることが示唆される。そうであれば、恐怖情動を理解するためにはこれまでに研究が蓄積している後天的な恐怖モデルのみでは不十分で、先天的恐怖モデルの研究が必要となる。

本講演では、嗅覚によって誘発される先天的と後天的な恐怖情報の統合処理による行動制御メカニズムと、恐怖情動により誘発される多様な生理応答が持つ生物学的な意義に関する最新の研究成果を報告する。


2018年10月15日 14:55~16:40 第6セミナー室

体内時計の発振と位相を制御する分子機構

東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻

深田吉孝教授

多くの生物が示す約24時間周期の生理現象は、体内時計(概日時計)によって駆動され る。体内時計の分子的な仕組みにはまだ謎が多いが、私どもは生体の末梢時計のモデルで ある哺乳類培養細胞において、TGFβ/activin-ALK-SMAD3経路が時計の位相を制御することを見出した(Nat.CellBiol.2008)。また、細胞ストレスや温度変化など様々な細胞外シグナルが細胞時計の同調因子あるいは位相調節因子として機能することを明らかにし た。その過程で、時計タンパク質のリン酸化(EMBORep.2012;eLife2017;PNAS2018) やユビキチン化 (Cell2013)などの翻訳後調節が時計振動に重要な役割を果たすことを見出した。また、RNA編集酵素ADAR2の活性が概日変動することを見出し、転写後調節としてリズミックなRNA編集が多くのmRNAリズム形成に寄与することを見出した(Nat.Genet.2017)。リズム出力の解析では、海馬の長期記憶形成や扁桃体由来の情動リズムを生み出す分子機構にアプローチしている(Nat.Commun.2016,Sci.Rep.2016)。


2018年9月10日 14:55~16:40 第6セミナー室

双極性障害の病態解明と気分制御に関わる神経回路の探索

東京大学大学院医学系研究科機能生物学専攻 脳機能動態学分野・連携教授

理化学研究所脳科学総合研究センター 精神疾患動態研究チーム・チームリーダー  加藤 忠史 先生


双極性障害は、ゲノムを基盤として躁状態、うつ状態を呈する疾患である。診断法・治療法開発のため、その原因解明が急務であるが、双極性障害の原因神経系の解明は、気分制御に関わる神経回路の解明にもつながると期待される。

双極性障害のゲノム研究では、細胞内カルシウム制御に関わる遺伝子群との関連が報告されている。我々は、双極性障害を高頻度に伴うミトコンドリア病の原因遺伝子ポリメラーゼγ(POLG)の変異体の神経特異的トランスジェニックマウスが反復性のうつ状態を示すことを見いだし、その原因部位として視床室傍核を同定した。また、ミトコンドリア病の原因遺伝子ANT1の神経特異的ノックアウトマウスは、縫線核のセロトニン神経活動の亢進を示した。縫線核からは視床室傍核に対する投射があることから、これらが気分制御に関わっている可能性を考え、現在研究を進めている 


2018年7月23日 14:55~16:40 第6セミナー室

ヒトの向社会性の神経基盤

情報通信研究機構(NICT)脳情報通信融合研究センター脳情報工学研究室  春野雅彦 先生

ヒトは極めて大きなグループの中に生きる社会的な動物であり、他者にポジティブに向合う向社会性はその中心にある概念である。私達のグループでは扁桃体や大脳基底核といった皮質下領域が向社会性の実現において果す機能を示してきた。今回は皮質下領域と皮質領域を対比しながら研究分野の現状を紹介すると同時に、現実社会をより反映する研究手法、神経回路レベルでの向社会性の理解などについても議論したい。 


2018年6月18日 14:55~16:40 第6セミナー室

発火タイミングに基づく匂い情報のコーディングメカニズム

九州大学大学院医学研究院・疾患情報研究分野  今井 猛 先生

脳が感覚刺激を知覚する際には、ノイズと擾乱に満ちた環境中の刺激の中から特定の情報だけを取り出さなければならない。我々はマウスにおいて、嗅覚1次中枢である嗅球の僧帽細胞に着目し、2光子カルシウムイメージング法を行うことで匂い情報のコーディングメカニズムの解明に取り組んだ。その結果、嗅球僧帽細胞においては、発火頻度ではなく、発火タイミング(発火位相)が匂いの「種類」のコーディングにおいて重要であることが明らかになった。更に、この発火位相コーディングは、嗅神経細胞における「機械刺激受容」の仕組みによって支えられていることも明らかになった。従って、嗅球はただ単に末梢の嗅神経細胞を僧帽細胞にリレーするための装置ではなく、ノイズや擾乱に満ちた末梢入力から匂いの種類の情報のみを時間的パターンへと変換する、極めて精緻な情報処理を行う回路であると考えられる。  我々の次なる目標は、こうした複雑な演算の神経回路基盤を明らかにすることである。このために、我々は光学顕微鏡を用いて神経回路構造を明らかにするための様々な手法の開発に取り組んでおり、それらについても紹介したい。


2018年5月14日 14:55~16:40 第6セミナー室

シナプス伝達の制御機構と病態機構の解明を目指して

自然科学研究機構・生理学研究所・分子細胞生理研究領域・生体膜研究部門 深田 正紀 先生

AMPA型グルタミン酸受容体(AMPA受容体)は、脳内の興奮性シナプス伝達の大部分を担っており、外界刺激に応答してAMPA受容体機能の強弱が変化することが脳高次機能の基盤となっている。一方、この調節機構が破綻すれば様々な脳疾患の原因となる。したがって、AMPA受容体の分子動態や機能を制御する機構はあらゆる脳機能・脳病態の根幹的分子基盤と捉えられる。興奮性ポストシナプスの主要な足場蛋白質PSD-95は、シナプス伝達の「場」をつくる構造的中核となるのみでなく、AMPA受容体をシナプスに捕捉しAMPA受容体機能発現に必須な役割を果たす。私共は、PSD-95の局在制御と蛋白質相互作用に着目して、AMPA受容体の制御機構を解析してきた。本セミナーでは、1)PSD-95パルミトイルサイクルと2)てんかん関連リガンド・受容体LGI1-ADAM22 という2つのシステムによるAMPA受容体制御機構と、その破綻により惹起される脳疾患の病態機構を紹介したい。


2018年4月16日 14:55~16:40 第6セミナー室

Brain circuits for triggering and overriding emotional memories

RIKEN CBS Josha Johansen 先生

Aversive experiences are powerful triggers for emotional memory formation and alter neural circuits to adaptively shape behavior. However, emotional responses need to be reduced when they are no longer appropriate to facilitate adaptive functioning. My lab studies the neural circuit and cell coding mechanisms which initiate learning and memory in response to aversive events and extinguish emotional responses when they are inappropriate. In this talk I will discuss recent work examining parallel neural circuits which trigger aversive associative learning and how feedback circuits regulate neural processing in these pathways to control the strength of fear memories. In addition, I will describe our recent discovery that distinct noradrenergic networks within the brainstem locus coeruleus either enhance fear memory formation or promote a switch from fear responding to behavioral flexibility, revealing a new framework for understanding noradrenaline circuit function. Together, these findings elucidate how neural circuit organization gives rise to neural coding and adaptive emotional behavior and suggest novel strategies for the treatment of anxiety disorders associated with aberrant fear and extinction learning.


Relevant literature:

Uematsu, A., et al. Modular Organization of the Brainstem Noradrenaline System Coordinates Opposing Learning States. Nature Neuroscience. 2017, 20(11) 1602-1611

Ozawa, T. et al. A feedback neural circuit for calibrating aversive memory strength. Nature Neuroscience 2017, 20(1): 90-97

Ozawa, T. & Johansen, J.P. Learning rules for aversive associative memory formation. Current Opinion in Neurobiology. 2018, 49: 148-157.