大脳シナプスの揺らぎと記憶

大脳シナプスの揺らぎと記憶

要約  大脳のシナプスは学習や経験により機能や大きさを変える。今回、我々は学習刺激がなくてもシナプスは長期的には揺らぎを示すことを見出した。この揺らぎは我々の記憶の持続や忘却、適応性や創造力など多くの精神現象と関係することが示唆された。

Fig.1: Two Photon Principle

大脳の働きを司る神経細胞は大樹のように見事な枝(樹状突起)を多数伸ばし(図1)、その枝には1ミクロン以下の大きさのとげ(スパイン)が無数に生えています(図1B)。このとげに神経細胞間のシナプスができます(図1)。このシナプスによって作られる神経細胞の回路で情報が処理されることにより、我々の脳は高度な機能を営むことができます。この回路の動作を決めるのがシナプス結合の強さです。
面白いことに、大脳でシナプスの出来るスパインの形は著しく多様で、それには深い意味があると考えられてきました(図1)。我々は2光子励起顕微鏡を用いることによりスパインの大きさがシナプス結合の強さを決めていること、そして、学習によってスパインの大きさが変わることなどを、世界に先駆けて明らかにしてきました。スパインは脳の記憶素子の様です。

Fig.1: Two Photon Principle

さて、それではスパインの大きさは学習によってのみ変化するのでしょうか。今回、我々は多数のスパインの体積の変化を数日間に渡って精密に測定した結果、スパインは学習による変化(図2赤)以外に自然の揺らぎ(図2青)があり、これに伴いシナプスの新生や消滅も自発的に起きていることを明らかにしました。これまでは、シナプスの結合は学習によってのみ変わると考えられてきましたので、これは大変意外なことです。しかし、この揺らぎの効果は大きく、これまで説明不可能であったシナプスや脳の性質を沢山説明できることがわかってきました。

たとえば、この揺らぎが大きい程、一度覚えたものを忘れ易いでしょう。それでは、どうして、シナプスは揺らぐのでしょう。シナプスは生きている小さな構造ですので、それに伴い必然的な揺らぎが起きてしまうと考えられます。記憶力のいい人ほど、揺らぎが小さい良いシナプスを持っているのかもしれません。

面白いことに、学習によっては中くらいの大きさのシナプスしか作られません(図2、スパイン体積0.2 um3)。本当に長く持続する大きなシナプスができるには、何度も学習することにより、中くらいのシナプスから揺らいで大きなシナプスが形成される必要があります。これが、長く続く記憶には反復学習が必要である理由であると推察されます。

それでは、何故、学習によってすぐに大きなシナプスが出来ないのでしょう。もし、大脳のシナプスがその様に設計されていたら、我々の脳はその日の記憶で一杯になってしまい、昨日の記憶を忘れ、何十年にもわたる社会生活が営めないでしょう。また、不必要な記憶によって悩まされる重大な障害(PTSD(注3))が起きるかもしれません。即ち、シナプスは学習と揺らぎをうまく使って、後に残す記憶を少しずつ選んでいると考えられます。

Fig.1: Two Photon Principle

脳の記憶素子スパインは、計算機の様に0,1の二つの状態だけとるのではありません。スパインの大きさによって決まるアナログの値を持っています(図2)。しかも、このアナログの値は、ゆっくりとしか変われないので、すぐに随意の値にセットできず、大きな値を取るには日数がかかります(図2)。そして、大きくなるとなかなか消えなくなります。つまり、より長く持続したスパインほど大きな値を持ち、長く残り易いということになります。随分、変な性質を持つ記憶素子であると言えます。こんな素子は人工的な記憶装置の中では使われていません。そこで、この記憶素子を脳が使っていることの意味を考えてみます。19世紀の心理学者エビングハウスは一度覚えた記憶を忘却する時間経過を測定し、忘却曲線を求めました(図3)。記憶の減衰は初め速く進行しますが、1日経つと減衰し難くなりました。即ち、少し長く持続した記憶は長く残り易いという、有名な記憶の法則を発見しました。この法則は、人々の経験とよく一致し、1885年に本が刊行されるとすぐ万人の認めるところとなったそうです。たとえば、一夜漬けの暗記はすぐ忘れますが、以前から覚えていることは容易には忘れません。しかし、記憶が何故このような性質を持つのか説明されていませんでした。我々の見つけたスパインの法則、「長く持続したスパインほど長く残り易い」は、エビングハウスの見つけた記憶の性質を自然に説明します。我々の記憶の新しいものは小さなスパインに、古いものほど大きなスパインに堆積するように残っていくと推察されます(図2)。

さて、スパインの揺らぎにより自然な生成消滅も毎日沢山起きており、新たな神経回路が毎日偶然に(ランダムに)作られていきます。脳は日々の経験や学習によりこの中から役に立つものを選び、いらないものを捨てていくと考えられます。この大量のシナプスの生成消滅により、我々は高い環境適応力を持ち、その偶然の流れに乗って創造力を獲得するのではないかと推察されます。この様にシナプスの揺らぎは大変重要な意味をもっているようです。

Fig.1: Two Photon Principle

 この様な揺らぎの理解は、スパインの体積分布の理解も可能にしました(図4)。スパインの体積は小さいものが多く、大きくなるにつれて著しく減少します。この様な分布型は精神疾患で異常となることがあり、たとえば精神遅滞では小さいスパインが多いことが知られていますが、その分布の差はそれほど大きいものではありません。今回我々は学習有りの条件(図4Control)と学習を止めた条件(図4APV)でスパインの体積分布を測り、それらを同じ条件で記録したスパインの運動モデル(図2)から説明することに成功しました。こうして、体積分布はスパイン運動の結果自然に作られることがわかりました。学習の無い状態のスパインは揺らぎ運動がすべてとなり、揺らぎが小さなスパインで小さいことから、そこに集まりやすくなり図4の様な分布になります。学習があると、小さなスパインが中位になる傾向を持ちますが、その他はあまり変わりません(図4Control)。この様に、学習によってスパイン運動は大きく変わりますが、スパインの定常分布、即ち、スパインの形はそれほど大きな影響を受けないことがわかりました。これは、スパインの形の異常が少しでもあれば、スパイン運動には大きな違いがあり得ることを示し、今後、スパインの運動の直接測定により、様々の精神疾患において固有で明確なスパインの運動異常が見つかる可能性を示唆します。

大脳のスパインは知情意に関係するすべての領域に存在し、それぞれの領域の記憶を担っています。スパインの揺らぎや学習で我々の心が構築され、またそれらが様々な精神疾患に関係する有様が、今後具体的に解明されていくでしょう。

  • 教授のメッセージ
  • 代表的文献
  • 募集
  • 論文リスト
  • 機能生物学セミナー

TOPへ